19日、夫と二人で娘の大学のオープンキャンパスを見に行ってきました。
私は、入学式と1年時のオープンキャンパス以来の3回め、夫は初めて。
予定では娘の作品も展示されるはずだったのですが、「間に合わなかった・・・」と前日に電話。別に驚きません、さもありなんと思っていましたから。
娘の作品はなくとも、工房をじっくり見学し、話題の新図書館、それから実はいちばん見たかった民俗資料館を見学できて大満足。別行動だった娘と昼食を食べ、作品制作の楽しさ、素材の美しさ等を生き生きと語る娘にひと安心し、楽しい一日が終わるあずでした。
が、しかし。
世の中そう甘くは無いようで、帰りにちょっと立ち寄った娘の部屋を見て愕然。
元々きれいな部屋ではないことは知っていたし、課題が終わらず切羽詰っていた時だから酷いだろうなあ、とも思っていました。だから、今回はあえて手を出さず、置き場所のない冬の布団とか毛布類だけを回収しタオルケットなどを置いてくるだけにしようと心に誓っていました。
此処から先はご想像にお任せします。
恥ずかしくて書けません。
私の育て方が間違っていたのでしょうね。
さて、今回は井上ひさしの作品2冊。
「グロウブ号の冒険」は井上さんらしい風刺のきいた痛快冒険物語(ただし未完)です。
「ユートピア」の存在を示している詩の謎解きはされていて、多分あと一騒動で物語は終わりそうです。それとも、これから先とんでもない展開が待っていたのでしょうか?
もう、井上さんは亡くなっているので、どうあがいてもこの先の物語を読むことは出来ませんが、一緒に借りてきたもう一冊の本によって私なりの結末を得ることが出来ました。
「この人から受け継ぐもの」は吉野作造、宮沢賢治、丸山眞男など、井上さんが魅せられた人物についての講演、エッセイをまとめたものです。
その中の「ユートピアを求めて」と題された宮沢賢治についての記述。
地上にユートピアを求めると、そのユートピアは結局平等を目指すことになるから、そこの住人になったとたん不自由になり住人同士は喧嘩になってしまうだろう。だから、この世の中にユートピアが存在するとしたら、空間ではなく時間になかだ、と。
「時間を忘れている間が」ユートピアだと。
だから、グローブ号の登場人物にとってのユートピアは、なんだかんだと大騒ぎしながら謎解きをしたり、冒険をしている時間がユートピアであり、読んでいる私にとっては家事を忘れて本を読みふけっている時間がユートピアである、と。だから、結末はあってもなくても同じこと。
この本の結末は知ることはできませんが、
posted by そらいろのたね at 18:20|
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